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2013年11月の記事

2013年11月 5日 (火)

予知能力の涵養

人が生きていくためには色々な能力が要る。学校で習得するのはその一部でしかない。学校で学べない能力に予知能力がある。学校や塾で学びすぎるとこれらの能力はむしろ退化する。しかし実社会では色々な場面で使わざるを得ず、結果に大きな差が出るし、能力を向上させる経験も個人差が大きい。

経験は常に能力を向上させるわけではなく、余りに高い能力を要求されると、挫折感から却って向上意欲を失わせ、劣位の人になる場合も多々ある。能力が要求されているという認識は個人的な感性のみに依存するが、その感性は周囲の人からの教唆による影響も大きい。特に若年になるほど、経験が乏しい故に大きな影響を受けやすい。

子供は本能的に自分の感性に大人が踏み込むことを警戒している。それを許せば自分の感性が大人に支配され、自律性が破壊されると感じるからで、その感覚は極めて正常である。感性が大人に支配された子供は、子供時代には良い児かもしれないが、大人になって自分に必要な能力を嗅ぎ分ける能力を喪失している。その様な子供は人格障害を発症しやすい。親子で価値観が近いからと言って、子供が自分の判断プロセスを親に渡したくないと考えるのは極めて健全である。反抗期という概念があるが、感性の防衛はもっと若い時期から萌芽すると考えるべきであろう。

人格障害は、学校で学びにくい能力を持っていない事を自覚している人を包含する。自分の価値観に不安を感じ、余りのギャップの大きさに圧倒されれば、逃避するか従順に振舞うかどちらかになる。青年期であれば親や教師や友人に、社会人になっていれば社会組織に、結婚していれば配偶者に従順になる。これは人間として当然の行為で、この分野に得意な人の忠告を素直に受け入れる姿勢は時に美談でさえある。近年、個性化としてこれを否定する思潮が拡大している。そのことそのものの是非は判断しにくい。成功している者は声が大きく、好ましい流れに見えるが、敗者には厳しい世界観である。左翼は経済活動にだけ、貧富の差として噛み付くが、問題の本質はむしろ、個人を前面に押し出すことによる社会の荒廃懸念ではなかろうか。

予知能力に関して言えば、問題なのは、幼児期に親に従っていたが、それでは社会では立ち行かないと気付いた場合である。社会に溶け込めない自分に苦しむだろう。しかしこの時点ではまだ人格障害ではない。

世間には積極的で攻撃的な人と受動的で温和な人がいる。必要な能力を身に着けていると看做される人が積極的であれば、人は高く評価する。受動的で応分のささやかな人生を目指す人は人畜無害と言われる。問題は能力が無いのに積極的な人である。荒っぽい分け方であるが、人を相対チャートで区分すれば、1/4の人がこれに相当する。更にその1/4の人の程度の優劣を再び各2分すれば、その区分1/4の人、即ち全体の1/16の人はかなり危険な状態になるという机上の理論になる。机上ではあるが、人格障害者の統計では、概ね数パーセントから十数パーセントが、人格障害者と言われるのは、この単純な推論と合致する。

人格障害者の典型的なモデルは、母親が人格障害者の人である。価値判断が定まらず、独善的で攻撃的な人になる。彼女は子供に、学校では学べない能力を伝授できない。彼女自身は世間の荒波を乗り切るために、即ちその能力の欠陥を補う為に、世間で明確に推奨される行為を組み合わせて実行するが、そのちぐはぐさから能力ある人からは疎んじられる。彼女は自分の子供に見せかけの推奨動作をさせるが、心という能力は伝授できない。一部の苛立つ母親は語気が荒くなり、子供に理由を伝えずに推奨行動のみ要求するだろう。母親と呼ばれる人は一般論として、自身の社会的適応能力とは関係なく、子供を躾ける能力が高い人が多い。これは女性の生得的能力だろう。男性には元々無い能力だから、男女を比較しても意味が無い。男性は、理性だけで子供が知能を発達させ得ると誤解している。誤解はしていないのだが、男女同権論というイデオロギーに触れると反論できず、予知能力の無い男性も、自分も子育て出来ると錯覚し、行動に走ったりする。

孤立している子供は、新しい共感を求めて仲間を探すが、それは苛めグループ関係になりやすい。大人の世界でもそれは日常茶飯事だ。軋轢の中で孤立する子供は、いじめの標的になりやすい。しかし彼らは、それを通してしか母親から学べなかった能力を確認できる場がない。問題児の集団から、標準より高い能力を備えた子供も排出される。子供も経験から学ぶのであって、教育はそれを微弱ながら支えているという程度のものでしかない。

それらのグループに入る事を禁止された子供は、思春期から大きな違和感を持って過す。漠然とした違和感を抱えて大人になるのなら、その人は正常である。自分の未発達な能力を認め、親離れするのを反抗期と言うが、よほど出来た親でない限り、問題を他人に転嫁する手法を子供に教える場合がある。その性合成に子供は葛藤し、親からは離反する時期が遅れ、離れた後が悲惨になる。

人間関係は生涯の課題なのだから。

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