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2013年8月15日 (木)

中華思想、 公徳心のない中国人の基底的思考

中華思想と、孔子や老子の思想を、同一視してはならない。一つの切り口でしかない。中国の史書を読めば、彼らの歴史観が浮かび上がる。彼らの歴史観は、老荘思想とは関係がない。

漢の司馬遷の歴史観と、隋以降の史官の歴史観は、大きく異なっている。現代中国人は、隋唐時代以降の歴史観を持っている。北の鮮卑族という蛮族に征服されて、考え方が変わったのだ。それ以降、1500年間、殆ど変わっていない。

中華思想の根源は、望ましい社会を形成する為の、秩序感を反映している。

中華世界で最優先の秩序とは、平和である。多民族が雑居する中華世界では、平和な状態を実現する事が、総てに優先する。分かりやすく、当たり前の事である。この中華世界で選択された秩序システムは、「絶対権力を持つ皇帝が、中華世界を畏れさせ、平和を実現する」ことを基盤にしている。中国人には、これ以外の平和な状況は、想像できない。民主主義が、中国全土に行き渡ることは、近い将来には、あり得ない。近い将来というのは、百年単位で数える長さになる。

皇帝が平和を実現する世界では、皇帝権力は強い方が良い。その力が、多民族を統治する中華世界の隅々まで浸透すれば、中華世界の平和が実現される。中華世界の暗黙の了解は、ここにある。中華世界では、余りにも当たり前の事だから、中国人にも意識されていないが、他民族から見れば、中国人の異常性の原因が、ここにあることが分かる。皇帝権力の、絶対性を認める意識は、中国人の心の中に、牢固として存在する。それ故に、共産党独裁政権は、倒れない。

皇帝の絶対的な権力は、当初は統率力を背景に実現される。初代にそれがあっても、2代目、3代目には、統率力を欠く事が多い。それでも、強力な皇帝であり続けさせるために、「歴史の創造」が、周囲によって為される。皇帝権力の正当性が、捏造された歴史によって担保される様になったのは、隋以降である。それ以来、歴史は事実の集積だと考える思想が、後退した。

中国人にとって、政権の正当性を強めるのであれば、歴史を捏造する事は正義である。この思想は、現在も牢固として健在である。彼らに、事実を突きつけても、それが政権の弱体化を導くものであれば、感情的に拒絶する。それが、中華の歴史観である。理論家が机上で考えたものではなく、千年単位の歴史に裏打ちされた、極めて土俗的感覚である。

絶対権力の統制に対し、理不尽なものでも受け入れる事は、大きなストレスを生む。そのストレスを処理する方法も、文化である。中国人は、日本人以上に、空気を読むと言う人が居る。日本人は、世間に対して空気を読むが、中国人は、権力に対して空気を読む。それも、大きなストレスだ。人間が耐えられるストレスには、限度がある。それ故に、中国人には、人間社会に対しては、気配りしない自由が認められている。公徳心がなくても良いということだ。これも、土俗的思考に取り込まれている。皆がそれを認め、社会的コンセンサスになれば、文化になる。無理な見栄を張ることや、嘘を言う事にも、寛容になる。絶対的な権力が、嘘で塗り固められている事を、積極的に容認するのだから、当然だろう。

日本は、島国だったから、小さな共同体社会を発展させてきた。これも2千年以上の歴史がある。日本史上、中央集権制を敷いたのは、奈良時代と、明治維新以後しかない。日本人には合わないから、長続きしない。小さな共同体では、秩序は、共通化された公徳心によって形成される。和を尊び、全員一致型の議決で、物事を決めるのは、この小さな共同体の遺習である。

日本人は、2000年以上の間、巨大な中華の隣に位置しながら、皇帝専制という秩序感を、拒絶してきた。西欧的民主主義は、日本型の社会への適合性が高い。中華世界への適用は、無謀に見える。西欧は、小さな民族、更に小さな共同体が発展して出来た、文明なのだから。

日本人と中国人・韓国人が、事績としての歴史認識を、すり合わせる行為は、無駄であるから、止めた方が良い。思考の根底が違う事を、認め合った方が、建設的である。日本の一部の知識人に、中華思想の影響が色濃く現れているのを、奇異に感じる。歴史的な関係の重さだろうか。

この中華的思想を捨てない限り、中国の発展はあり得ないだろう。

中華世界の平和を重視する中華的発想のもう一つの特徴は、中華世界の無限の膨張を推奨する事である。国境が遠方にあるほど、中華世界が安定するのは、当然である。海に囲まれ、領土に限りがある日本では、実感として分からない。尖閣問題で、中国人の発想法が明らかになった。そこの土地に、利用価値があるかどうかに拘らず、国境は遠方にあることが望ましい。それが平和の条件であるから、政権のその行為は、無条件で国民に支持される。公徳心=社会的ルールを持たない中国人が、これを始めたら、際限のないことになる。島国の日本人には、理解出来ない発想だろう。中国のエゴに屈して、恣意的に利用されたくなければ、力で対決する以外に、手段はない。

中華世界の、平和を維持する更に別の手段には、権威や価値観の固定化がある。中華世界では、社会の流動性は、社会不安と同義である。これが中華的歴史観と合体すると、民族の序列観は、歴史が規定し、未来永劫続かねばならないことになる。敗戦国である日本が、劣等民族であるという歴史観は、未来永劫続く。彼らは、侵略された被害者感情の発露だと言うが、それは嘘である。もっと根底的にある、価値観に立脚している。これも、中国人自身が、理解していない可能性のある、彼等にとって当たり前の感覚である。

中国世界では、皇帝の専制を絶対視したから、共同体は、組織的には成長しなかった。専制と共同体は、対立する思考だから、当然である。靖国神社問題は、共同体意識に関する、見解の相違である。中国には靖国神社など、存在できない。これは、高度に組織化された共同体意識の、象徴であるからだ。共同体意識のメリットは、明治維新から第2次世界大戦まで、強国日本の要素として働いた。手本の西欧文明が、小集団の共同体社会的規範に基づいているから、当然である。西欧化に成功したのだ。中華世界では、これが出来ない。それに関する嫉妬心と、恐怖感に、朝日新聞が火を付けてしまった。日本では、知識人であるほど、前時代的な中華思想の影響が濃い。中でも、朝日新聞は異色である。一般の日本人は、彼等を理解出来ないが、朝日新聞社は、日本の常識をリードする積りで居る。滑稽なことである。

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